《日常のなかのデザイン日記 06》
あと戻りできないことの再発見
年末らしい雰囲気が高まりつつある2024年12月初頭、雑誌『5: Designing Media Ecology』の第2期第2号が出版された。
今回の特集テーマは「アートと脱植民地化/Art and Decolonization」。今日は、この表紙の制作過程をふり返ってみようと思う。
第1期の『5: Designing Media Ecology』のときも、リニューアル後も、表紙の画像はCG合成などではなく、実体があるモチーフを制作して使うことを自分のなかでのルールにしてきた。今回は、特集テーマとして「アート」「脱植民地化」「グローバルサウス」といったキーワードを聞いたところから表紙のイメージを考えはじめ、だいぶ迷走しながら9月を迎えて焦りはじめたある日、にわかに「木版画でつくろう!」というアイディアにたどり着いた。
編集後記で村田麻里子さんが書かれているとおり、版画はアクティヴィズムの重要なツールであり、アートの文脈でも注目されてきた。個人的にも、2024年の横浜トリエンナーレで木版画や版画運動そのものを扱った作品を目にしたことや、その前年には毛利嘉孝さんがいらっしゃる東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科が共催して開催された「解/拆邊界 亞際木刻版畫實踐(脱境界:インターアジアの木版画実践)」の展覧会を見たことから影響を受けていて、自分でも木版画をやってみたいという気持ちが高まっていた。今回の表紙を版画でつくるのは、我ながらいいアイディアだと思えた。
いざ実際にやってみようということでまず手に取ったのが、初心者向けの年賀状用木版画セットである。世界の非対称性、ポストコロニアル、アートとアクティヴィズムといったテーマを表現するにあたって、あまりにも平和な版画セットである。だが、なにしろ木版画をやってみるのは小学校以来の何十年かぶりだ。専門的な道具などよく知らないし、そもそも誰でも手に取ってすぐ表現できるのが木版画の魅力であり特徴でもある。
絵柄を彫るための版画板は年賀状のハガキサイズではさすがに小さすぎるので、今回の表紙に使えるサイズのものを買うことにした。小学生の頃に図工の授業で使ったのは木の版画板だったように記憶しているが、同じ木でも無垢板と合板があり、木版画の作家が使う木口木版と、やわらかくて彫りやすい板目木版という違いもある。さらに、もっと手軽に彫ることができるゴム製やスチレン製などもある。木目が見える板目木版は味わいがあってよさそうだが、木の密度が低すぎると細かい絵柄をうまく表現できない心配がある。試してみないとわからないので、木製の版画板を5枚、そしてハイブリッド素材という版画板を5枚買ってみた。また、彫りたい絵柄を版画板に書き写すためのカーボン紙も購入。準備万端である。
久しぶりに彫刻刀を持ってみると、小学生だった頃の甘酸っぱい思い出もよみがえってくる。図工の時間に同じクラスだった男の子と話したことを急に思い出して慌てたりしながら、ハイブリッド素材の版画板をサクサクと彫っていく。木目がない分、彫刻刀がひっかかることもなく、とても彫りやすい。たいして思い出に浸る時間もないまま、あっという間に版ができあがった。
しかし、刷りの段階に進んだところで問題が。樹脂などの素材でできている版画板なので、水分をはじいてしまって絵具が均一に乗らず、刷ってみると変なムラができてしまう。絵具を濃くしたり薄くしたり糊の分量を増やしたり減らしたりして試したが、どうやってもうまくいかない。
この失敗を踏まえて、文字をもう少し大きくすれば読みやすいタイトルにできるのではないかと考えた。雑誌の横幅という制約があるので、タイトル文字を2行にする必要がある。そこで次に彫ってみたのが、下の版木Ver.2である。
ここでひとまず、タイトル文字の版木を彫る作業はひと区切りとして、次は背景の「5」のかたちの版をつくることにした。単純な図案なので、今度はハイブリッド素材の版画板ではなく、木製の版画板の方を使ってみた。木目の模様が刷りに出るのかどうか、期待が高まる。
「5」の部分の試し刷りを重ねていくと、あらためて、木の版画板の温かくて柔らかい手触りから、懐かしさがよみがえってきた。余計な水分を跳ね返すのではなく、吸い取ってしまう懐の深さ。すこし節があって彫りにくかったり、木の密度に差があったりしても、その振れ幅さえ生物らしくていいじゃないか、と思えてくる。木を彫ることの醍醐味がわかってきたので、タイトル文字の部分もやはりハイブリッド版画板ではなく、木の版画板で彫ってみようと思えてきた。またしてもカーボン紙と彫刻刀の作業に逆戻りだが、ここまで来たら中途半端なまま終わらせたくない。この頃には、彫刻刀を持つ指にマメができてしまって絆創膏を何枚も貼りながらの作業だったが、デザインとは、時にド根性なのだ。こうして、版木Ver.3が完成した。
ここまで進めてきてつくづく思ったのだが、版木を彫って絵具を載せて紙に定着させる版画の作業は、あと戻りができない。刷るたびに微妙な加減の変化があるので、まったく同じものを複数つくることもできない。普段、コンピュータを使う作業では、いつでもCommand+Z(Ctrl+Z)やコピー&ペーストができるので、気づかないうちにそれが普通になっていた。だが本来、私たちの身体も思考も、あと戻りできないのだ。そんなあたり前のことを、今さらながら再発見した。
最後にひとつ、制作のごく最初のころの失敗談を。
小学校時代以来のものすごく久しぶりの版画ということもあるし、あとで表紙の画像として使うために絵柄のサイズや位置を厳密に定めておく必要もあったので、作業の手順を考えることには、とても神経を使った。そして準備万端、いざ絵柄を版画板に書き写して彫り始めたときにふと気づいた —— そもそも版画とは、絵柄を反転させた状態で彫らないといけないのであった。複雑な手順に気を取られるあまり、あまりにも初歩的なことをコロッと忘れていた。恥ずかしすぎて今まで誰にも言っていなかったのだけど、同時に、このアホすぎる失敗談を誰かに聞いてもらいたい気持ちを抑えきれなくなったので、ここで告白します…。
※記載があるもの以外の写真は、すべて筆者による撮影。無断で転載・転用しないようにお願いします。一部写真に加工を施したものがあります。
(『5』第2期2号は2024年12月11日よりINSTeMオンラインショップで販売中です)