《佐倉統のフィールドノート①》
韓国には大人向けの科学技術館がない

06/13/2023
Osamu Sakura
佐倉統

今年(2023年)の4月から、サバティカルを利用して韓国に滞在している。こちらのAIやロボットに対するイメージを調査するためだ。2か月経ってだいぶ慣れてきたところ。韓国と日本、当然ながら同じところ、違うところがいろいろある。そういった比較でちょっと興味深いものを御紹介していきたい。

最近気づいた日韓相違点のひとつは、科学技術館が子供向けのものしかないということだ。日本には東京お台場の日本科学未来館や北の丸の科学技術館、大阪市立科学館、名古屋市科学館など、子供だけでなく大人も楽しめるコンセプトの科学技術館がいくつかある。台湾には台中に立派な国立自然科学博物館がある。インドや中国*についてはよく知らないが、アメリカやヨーロッパでも状況は同様だ。

だが、韓国には大人向けの科学技術館がない。科学技術館そのものは首都圏にはソウル市のほか隣接する果川市と仁川市にあり、その他韓国の主要都市──釜山、光州、大邱、大田、蔚山などにも設置されている。ほとんどが国立のものだ。ソウルと仁川のものは行ってみたが、どちらも体験型・参加型を中心に子供たちの興味を惹く工夫がこらされていて、科学情報の提供も過不足なく洗練されており、よくできた児童向け科学館である。

だが、大人が見ることをまったく想定していない。某館では大人だけでは入場できませんといったんは断られ、科学コミュニケーションの研究をしているんですと説明して、どうにか入れてもらえた次第。別の所でも来館の目的を聞かれた**。

参加体験型の楽しめる展示が多く、よく考えて設計されている

なんで子供向けばかりなのかと、ソウル大学の旧知の科学技術社会論研究者に聞いたら、入館者数を稼ぐためだという答えが返ってきた。博物館建設は政治家の利権が絡んで決められることが多い。しかし表向きの建設理由が必要なので、大勢の入館者が見込めて世に貢献するコンテンツとして青少年あるいは児童をターゲットにした科学技術ものが選ばれる、というのである。たしかにソウルでも仁川でも、子供たちは大喜びだった。教育効果は高いだろう。それは間違いない。

彼の説明には説得力がある。科学技術館だけでなく自然誌博物館もお子様向けがほとんどだからだ。恐竜や宇宙が子供も喜ぶ鉄板コンテンツなのは世界万国共通。来館者数というわかりやすい、ある意味安直な指標をかせぐ必要があるとすれば、美術や文化物ではなく、わかりやすい科学系が中心になるのは理解できる。

もう少し極端に言えば、科学技術館が動物園的な存在として認知されているということである。子供の教育啓発と娯楽的要素の組み合わせ。大人向けの来館者数が子供向け科学技術館ほど見込めないのはやむをえないとしても、これだけ工業が発展して情報技術産業は世界トップクラスにある国としては、もう少し大人が科学技術を楽しむ施設があってもいいように思う。韓国の歴史的な科学技術についてほとんど展示や説明がないのも、もったいない気がする。

ところどころにこのような科学者・技術者たちの言葉が書かれているが、韓国の科学者は登場しない

ロボットのことについていろいろな人の話を聞いていると、基本的な部分は日本人のロボット観とよく似ているものの、ロボットとの距離感に戸惑ったり、親密さをそこまで感じなかったりという感覚が、日本人より多い割合で見られるように思う。AIBOの長寿を祈願しに寺に行くのは理解できない、韓国の文化コードにない、とまで言う人もいた。韓国文化の底流にあるシャーマニズムとの関連を指摘する人もいた。

以前、東アジアの科学技術社会論研究会で、韓国には鉄道オタクがいないという発表があった。代わりに飛行機オタクが多いという。後で別の韓国人に聞いたらそんなことないぞとムキになって反論されたのでそこまで信憑性が高い話でもなさそうだが、それでも日本より圧倒的に少ないことは確実だとその反論した人も言っていた。

社会の中での技術の位置、人と技術の距離、人工物への親密感。これらは、日本と微妙に異なっているようだ。それが、大人向け科学技術館がないことに表れているというのは強引に過ぎるだろうか。

仁川広域市子供科学博物館にて。みんな大好き、ロボットの集団ダンス

つい先日、韓国初の宇宙ロケット、ヌリ3号の打ち上げ成功があった。韓国語がよくわからないままつけっぱなしにしているテレビのニュースチャンネルでも大々的に報じていたが、もうひとつ熱量が伝わってこない。韓国で初めての自国ロケット打ち上げなのに。ヌリロケットは積載容量が小さい上に静止衛星軌道までは届かないなど技術仕様にはいろいろ問題があり、単なる政治的パフォーマンスだとの批判も強い。しかしそれならそれで、政治的側面とも絡めてあれこれ議論が起こりそうなのに、そういう取り上げ方でもない。政治家の不正や汚職追及、さらには福島の「汚染水」(韓国ではこのように言う)の方がはるかに熱っぽく報道されている。ある種の技術について、他人事のように若干遠くから見ているのだろうか。

一方で、生活場面での情報技術の浸透度というか依存度はものすごい。スマホが完全に社会のインフラになっていて、大げさでなく、外食もコンサートも列車に乗るのも何から何までスマホがないと生活できない。情報技術にどっぷり浸かっている社会だ。

この、一方では科学技術を敬して遠ざけるような距離感と、頭のてっぺんまで情報技術に浸かって日々を暮らしている状況との格差が、どうにもうまく理解できずに日々を送っている。

* 中国には、北京、上海、広州、武漢、香港などの主要都市には科学技術館がある。ウェブで調べた限りでは、やはり子供や青少年がメインターゲットになっているところが多いが、大人料金が設定されていたり、大人の訪問クチコミが書かれていたりするところが多く、必ずしも子供限定ということはないようだ。日本に似た状況ではないかと推察される。

** 釜山のLGディスカバリーラボはおもしろいという情報を得ているが、未見。ウェブページを見る限りではやはり青少年向けのようでもある。

(写真はすべて著者による撮影。画像の一部を加工している写真があります)

仁川広域市子供科学博物館。やっぱり子供向けの雰囲気
こちらも参加体験型型展示が主流。これは人体の大きな模型の中を来館者が通り抜けることができるようになっていて、口から食物が入り消化吸収されて最後排泄されるまでを「体感」できる展示