《日常のなかのデザイン日記 06》
あと戻りできないことの再発見

12/16/2024
Masako Miyata
宮田雅子

年末らしい雰囲気が高まりつつある2024年12月初頭、雑誌『5: Designing Media Ecology』の第2期第2号が出版された。
今回の特集テーマは「アートと脱植民地化/Art and Decolonization」。今日は、この表紙の制作過程をふり返ってみようと思う。

第1期の『5: Designing Media Ecology』のときも、リニューアル後も、表紙の画像はCG合成などではなく、実体があるモチーフを制作して使うことを自分のなかでのルールにしてきた。今回は、特集テーマとして「アート」「脱植民地化」「グローバルサウス」といったキーワードを聞いたところから表紙のイメージを考えはじめ、だいぶ迷走しながら9月を迎えて焦りはじめたある日、にわかに「木版画でつくろう!」というアイディアにたどり着いた。

新幹線のなかで版画のアイディアを考えていたときのメモ。
2024年9月14日(土)に開催された「INSTeM Convention 2024 Autumn」の会場で、雑誌『5』編集委員で特集の企画者である毛利嘉孝さんと『5』編集室の松井貴子さんに、版画のアイディアを説明しているところ。(撮影:神谷説子)

編集後記で村田麻里子さんが書かれているとおり、版画はアクティヴィズムの重要なツールであり、アートの文脈でも注目されてきた。個人的にも、2024年の横浜トリエンナーレで木版画や版画運動そのものを扱った作品を目にしたことや、その前年には毛利嘉孝さんがいらっしゃる東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科が共催して開催された「解/拆邊界 亞際木刻版畫實踐(脱境界:インターアジアの木版画実践)」の展覧会を見たことから影響を受けていて、自分でも木版画をやってみたいという気持ちが高まっていた。今回の表紙を版画でつくるのは、我ながらいいアイディアだと思えた。

木版画の手法でどのように表紙をつくったらいいのか、とくに、版画の味わいとタイトル文字としての可読性を両立させるにはどうしたらいいのか、手順を考えていた頃のメモ。

いざ実際にやってみようということでまず手に取ったのが、初心者向けの年賀状用木版画セットである。世界の非対称性、ポストコロニアル、アートとアクティヴィズムといったテーマを表現するにあたって、あまりにも平和な版画セットである。だが、なにしろ木版画をやってみるのは小学校以来の何十年かぶりだ。専門的な道具などよく知らないし、そもそも誰でも手に取ってすぐ表現できるのが木版画の魅力であり特徴でもある。

絵柄を彫るための版画板は年賀状のハガキサイズではさすがに小さすぎるので、今回の表紙に使えるサイズのものを買うことにした。小学生の頃に図工の授業で使ったのは木の版画板だったように記憶しているが、同じ木でも無垢板と合板があり、木版画の作家が使う木口木版と、やわらかくて彫りやすい板目木版という違いもある。さらに、もっと手軽に彫ることができるゴム製やスチレン製などもある。木目が見える板目木版は味わいがあってよさそうだが、木の密度が低すぎると細かい絵柄をうまく表現できない心配がある。試してみないとわからないので、木製の版画板を5枚、そしてハイブリッド素材という版画板を5枚買ってみた。また、彫りたい絵柄を版画板に書き写すためのカーボン紙も購入。準備万端である。

いきなりフリーハンドで彫ることはできないので、彫りたい絵柄や配置をコンピュータ上で決めて、原寸サイズで紙にプリントアウト。
プリントアウトした紙にカーボン紙を重ねて、彫りたい文字の配置を版画板に書き写す。この緑色の版画板がハイブリッド素材とのこと。表面がとてもなめらかで、いかにもうまく彫れそう。

久しぶりに彫刻刀を持ってみると、小学生だった頃の甘酸っぱい思い出もよみがえってくる。図工の時間に同じクラスだった男の子と話したことを急に思い出して慌てたりしながら、ハイブリッド素材の版画板をサクサクと彫っていく。木目がない分、彫刻刀がひっかかることもなく、とても彫りやすい。たいして思い出に浸る時間もないまま、あっという間に版ができあがった。

しかし、刷りの段階に進んだところで問題が。樹脂などの素材でできている版画板なので、水分をはじいてしまって絵具が均一に乗らず、刷ってみると変なムラができてしまう。絵具を濃くしたり薄くしたり糊の分量を増やしたり減らしたりして試したが、どうやってもうまくいかない。

彫っている途中の写真。この時点ではサクサク彫れて気持ちよかった。
無事に文字を彫り終えて、刷りの準備。
最初に刷ってみたところ。版が水分を吸わないので絵具が弾かれてしまい、逆に絵具を少なめにするとすぐ版が乾いてしまい、何度刷り直してもどうしてもちょうどいい刷り具合にたどり着けない。表紙としてもっとも重要なタイトル文字が読みにくいのでは、とても使い物にならない…。

この失敗を踏まえて、文字をもう少し大きくすれば読みやすいタイトルにできるのではないかと考えた。雑誌の横幅という制約があるので、タイトル文字を2行にする必要がある。そこで次に彫ってみたのが、下の版木Ver.2である。

ふたたびカーボン紙に書き写すところからリスタート。
サクサク彫れるので、この作業は気持ちいい。ただ、細かい文字の輪郭を彫るときは、失敗しないように神経を尖らせる。
Ver.2を刷ってみた結果。絵具の濃さなどのコツが少しわかってきたこともあり、最初の版を刷ったときよりもうまくできている。ただ、濃さには成功したものの、文字の輪郭のシャープさに欠ける気がする…。

ここでひとまず、タイトル文字の版木を彫る作業はひと区切りとして、次は背景の「5」のかたちの版をつくることにした。単純な図案なので、今度はハイブリッド素材の版画板ではなく、木製の版画板の方を使ってみた。木目の模様が刷りに出るのかどうか、期待が高まる。

木の版画板。5枚それぞれの木目が異なるので、どれを使おうか迷いながら、表紙らしい顔をしている1枚を選んだ。
「5」の絵柄を彫っているところ。ハイブリッド版画板とは違って、彫ったところと彫っていないところが見た目で区別をつけにくいので、作業をやりやすくするために板を緑に塗ってから彫ってみた。
版に絵具を塗って、刷っているところ。表紙の配色を考えながら、アクリルガッシュの色を混ぜて刷り色をつくっていく。
秘蔵のアクリルガッシュ。というか、ここ数年は絵具を使うような機会がほとんどなかったので、久しぶりに箱を開いた。
「5」の版は、凹版(絵柄部分が窪んでいる)と凸版(絵柄部分が出っ張っている)の2種類を作成。
凹版を刷り、重ねて凸版を刷ると、真ん中のような絵柄になる。

「5」の部分の試し刷りを重ねていくと、あらためて、木の版画板の温かくて柔らかい手触りから、懐かしさがよみがえってきた。余計な水分を跳ね返すのではなく、吸い取ってしまう懐の深さ。すこし節があって彫りにくかったり、木の密度に差があったりしても、その振れ幅さえ生物らしくていいじゃないか、と思えてくる。木を彫ることの醍醐味がわかってきたので、タイトル文字の部分もやはりハイブリッド版画板ではなく、木の版画板で彫ってみようと思えてきた。またしてもカーボン紙と彫刻刀の作業に逆戻りだが、ここまで来たら中途半端なまま終わらせたくない。この頃には、彫刻刀を持つ指にマメができてしまって絆創膏を何枚も貼りながらの作業だったが、デザインとは、時にド根性なのだ。こうして、版木Ver.3が完成した。

タイトル文字の版木をVer.1からVer.3まで並べてみた。Ver.3は木のテクスチャがあり、やはり見慣れた版画板という気がする。実際に刷ってみると、木が余分な水分を吸ってくれるので、とても刷りやすかった。
刷りの加減を練習した成果。絵具と水と糊の割合次第で、だいぶ異なる仕上がりになる。5回くらい刷ると凹版の部分に絵具が詰まって凹凸がなくなってしまうので、3〜4回ごとに版木を洗うほうがうまくいくことを学んだ。
試しに3版を重ねて刷ってみたところ。文字がかすれているので、これは使えない。残念。
毎回、作業を終えてから道具を洗って、版画板は壁に立てかけて干しておく。

ここまで進めてきてつくづく思ったのだが、版木を彫って絵具を載せて紙に定着させる版画の作業は、あと戻りができない。刷るたびに微妙な加減の変化があるので、まったく同じものを複数つくることもできない。普段、コンピュータを使う作業では、いつでもCommand+Z(Ctrl+Z)やコピー&ペーストができるので、気づかないうちにそれが普通になっていた。だが本来、私たちの身体も思考も、あと戻りできないのだ。そんなあたり前のことを、今さらながら再発見した。

刷り終わった版画をスキャナで画像として取り込んで、Adobe Illustratorで表紙のデータに配置したところ。コンピュータ上のデータは、Command+Zもコピー&ペーストも思いのまま。やっぱりありがたい。
印刷屋さんから納品されてきた、『5』第2号。重みと触感のある印刷物として手元に届くと、毎度のことだが感慨深い。

最後にひとつ、制作のごく最初のころの失敗談を。
小学校時代以来のものすごく久しぶりの版画ということもあるし、あとで表紙の画像として使うために絵柄のサイズや位置を厳密に定めておく必要もあったので、作業の手順を考えることには、とても神経を使った。そして準備万端、いざ絵柄を版画板に書き写して彫り始めたときにふと気づいた —— そもそも版画とは、絵柄を反転させた状態で彫らないといけないのであった。複雑な手順に気を取られるあまり、あまりにも初歩的なことをコロッと忘れていた。恥ずかしすぎて今まで誰にも言っていなかったのだけど、同時に、このアホすぎる失敗談を誰かに聞いてもらいたい気持ちを抑えきれなくなったので、ここで告白します…。

反転させるのを忘れて彫り始めた版画板。この時点ではまだ失敗に気づいておらず、純粋に制作記録のつもりで写真を撮っていた。だがその画像を見て「はて…?」と違和感を持ち、あまりの間抜けさに仰け反って驚いた。

※記載があるもの以外の写真は、すべて筆者による撮影。無断で転載・転用しないようにお願いします。一部写真に加工を施したものがあります。

(『5』第2期2号は2024年12月11日よりINSTeMオンラインショップで販売中です)