台湾畫友とGoogleストリートビューを彷徨う
第1話「Google街景之友」との出会い

09/07/2023
Norikazu Matsubara
松原徳和

先週僕は、故郷・栃木の旧街道沿いにある、昔ながらの和菓子屋のスケッチを描いた。本当は、通っていた高校の目の前の駄菓子屋を描きたかったが、行ってみたらもう無くなっていた。同じころ、台湾・台中の友達は、僕の家からすぐ近くの中目黒の居酒屋の外観を描き終えたという。その絵を見て、「金色の看板が見事!『キンミヤ』は焼酎の商標だね」と教えてあげたら、お酒のマークだと知らなかったらしく、たいそう驚いていた。
去年の夏のスケッチツアーは、南米・ブエノスアイレス、その前年はチェコのプラハ、どちらも大勢で楽しんだ…そろそろ今年の夏の旅先が発表になるころだろうか―――

新型コロナウィルスは、社会に多くの影響を与え、僕たちの日常生活を一変させました。楽しみにしていたイベントは中止になり、行動制限、マスク生活など、悔しくて窮屈な思いも沢山経験しました。一方で、こうした制約は、新しい文化を生み出す原動力にもなります。

この3年間、僕は台湾人のスケッチ仲間(畫友)と毎日のように「旅」をしては、風景画(水彩画)を楽しんでいます。この「Google街景之友 (Google Street Sketchers)」 ――― Googleストリートビューを用いた新しい旅の提案 ――― と3年間の僕のあゆみについてご紹介したいと思います。


新型コロナがない時代の最後の夏休み、僕は、娘と台南・台北を旅しました。台南駅前の書店で、一冊の水彩画スケッチの教則本と出会いました。万年筆と水彩絵の具を使った、淡いタッチの素敵な画風です。観ているだけで癒されます。もともと絵画には興味があったのですが、いつかこんな絵が描けるようになるといいなぁ、と思い、迷うことなく買いました。

そして1年後、2020年夏。コロナでオリンピックは延期になり、夏休みといってもどこにも行けず、時間も持て余しがちでした。iPadの中には、1年前に撮影した、台湾の街並みやグルメの写真が沢山あります。「そうだ、台湾の旅の写真を見ながらスケッチを描いて、1年前の台湾旅行を追体験してみよう」ということを思いつきました。

まずは1枚、写真の中から「ごく普通の集合住宅の門扉」を選んで、それを見ながらスケッチを完成させました。そのあと、Googleマップやストリートビューで、当時歩いたその場所を確認して、「地域/通」の名前を調べました。場所そのものは難なく見つけることができたのですが、僕はそれ以上のあるもの/ことを発見しました。今、僕が描き終えたばかりの門扉、その門前に描いたのと全く同じ青いスクーターが、Googleストリートビューの同じ場所にもぽつんと置かれていたのです。おそらく住人の誰かのものでしょう。1年前に歩いた街の記憶、iPadの写真の記録、今描き終えたスケッチ、そしてGoogleストリートビュー。僕はこの青いスクーターが、リアルとバーチャル、時間と空間を超えて、存在していることに、強い感動を覚えました。さらに「むしろ、Googleストリートビューを見ながら、風景画を描けばいいのでは?」と気づき、そこから、在宅での台北の"街歩き+スケッチ"が始まりました。

台湾で筆者が撮った写真、それに基づいて描いたスケッチ、そしてGoogle ストリートビューには同じ青いスクーターが、リアルとバーチャル、時間と空間を超えて、存在している

数日後、Facebook上に「あなたにおすすめのグループ―――『Google街景之友』」と表示されました。覗いてみると、スケッチ愛好家の台湾のFacebookグループのようです。東京・浅草、北海道・小樽、京都の伊根の舟屋など、台湾人にも人気の日本の景勝地が描かれた風景画がたくさん投稿されていました。かなり本格的な水彩画もあれば、気軽なスタイルのスケッチ、鉛筆だけで描かれたデッサン調の作品もあります。このグループは「Googleストリートビューを用いること。その画像を見ながら描いた作品と、GoogleストリートビューのURLをシェアすること。絵のスタイルは自由」というシンプルなルールで運用されています。

Googleでスケッチ。これはまさにその時、自分が渇望していたことでした。あとでわかったことですが、台湾には、街中でスケッチを楽しむコミュニティが各都市に存在し、これまでも人々は緩やかに繋がっていました。しかし、コロナ禍で外出ができなくなってしまったことをうけ、GoogleとFacebookを用いたバーチャルスケッチを楽しむためのグループが、スケッチ愛好家有志により公開グループとしてスタート。そしてグループのキーマンのひとりは、他でもない1年前に僕が台湾で購入した水彩画の教本の著者「B6速寫男 」だったのです。

僕はワクワクそして緊張しながら、東京から単身、「Google街景之友」の門を叩きました。そして意を決して台北の日常風景(虎林街)のスケッチを投稿してみることにしました。台湾の皆さんは、僕が思っていた以上に親日家で、この見ず知らずの日本人の参加を大歓迎してくださいました。中文や英語で「初投稿おめでとう!」「ようこそコミュニティへ!」「こっちのエリアにもいい場所があるよ」。中には「日本の友達の参加がとても嬉しいです」と日本語でコメントをくださる方もいました。

最初の投稿から数日後、もうひとつ、このグループならではの醍醐味を味わうことになります。僕がシェアした虎林街(GoogleのURL)をもとに、自身の描いたスケッチを投稿してくれる方が現れたのです。なるほど、これならステイホーム期間中でも、みんなで同じ場所のスケッチを楽しむことができます。

「Google街景之友」のFacebookページに筆者が始めて投稿した台北の虎林街のスケッチ(左)。数日後、同じ場所を別のメンバーがGoogleストリートビューを見ながらスケッチして投稿した(右)。

その後、台北市内のみならず、自分の住んでいる東京・三軒茶屋(世田谷線沿線、松陰神社の商店街、豪徳寺の招き猫、ゴリラビルなど)や、自分の故郷(栃木県栃木市)の風景を、スケッチとともに紹介しました。「みんなで一緒に描きませんか?」と誘えば、皆喜んで、自分のスタイルでスケッチを描いて投稿します。最近では、東大駒場キャンパスの裏にある「フレッシュネスバーガー富ヶ谷店(1号店)」を紹介したところ、沢山の友達がスケッチを描いてくれました(このような、僕らのなかのちょっとした"名所"が、世界中あちこちにあります)。


こうして、僕は、Googleスケッチという"沼"にハマっていきました。「打てば響く」関係を通じて、コロナ禍にもかかわらず、そしてコロナ禍だったからこそ、数百人もの台湾人畫友ができました。今も「Google街景之友」の参加者は増え続けています(68,401人(2023年9月4日現在))。台湾人の皆さんと一緒に、今日も僕は、スケッチを楽しんでいます。(続く)

*畫友=画友

(写真・図はすべて筆者より提供。冒頭のスケッチは「Google街景之友」に初投稿した作品。筆者のスケッチの作品集はfacebook.com/rikan.6e6636, instagram.com/rikan.6e6636で見ることができる。)

筆者の住む東京・三軒茶屋の風景(世田谷線沿線、松陰神社の商店街、豪徳寺の招き猫、ゴリラビルなど)をスケッチし、GoogleストリートビューのURLとともに紹介した
筆者が紹介した三軒茶屋の街並みをGoogleストリートビューで見ながら「Google街景之友」のメンバーが描いた
筆者が紹介した「フレッシュネスバーガー富ヶ谷店(1号店)」は「Google街景之友」における「名所」のひとつになった