《日常のなかのデザイン日記03》
足下からのカラフルな声
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日本流行色協会が選定した2024年の流行色は、「ハロー!ブルー(Hello! Blue)」だそうだ。サイトにある説明によると、「時代の混沌や世の中の不平不満を浄化し、未来を明るく照らし前向きにしてくれる色」としてブルーを選定したという。クリーンでさわやかな色であり、知性や冷静さ、平和をイメージさせる色でもある。一方、世界に共通する色見本帳をつくっているアメリカの企業PANTONE(パントン)が選定した2024年の色は、「Peach Fuzz」とのこと。「温もりを抱きしめる色」「すべてを包み込むような精神が、心、体、魂を豊かにします」とサイトに書かれている。青と桃色とはずいぶん対照的だけど、相性のいい組み合わせかもしれないなと思った。
…移動の新幹線のなかで色に関するそんな記事を目にしたので、そこから連想して、今日は駅のホームと色の話をしてみたい。
混雑する駅では、乗客が並んで電車を待つことができるように、ホームの床面に線が引かれていることがある。路線数とそれらの相互乗り入れが増えるにつれて、行き先別に列を分けたり、降車/乗車の列を分ける必要性が増してきたためだと想像される。個人的には、名鉄名古屋駅のホームで行き先を案内するためにビニルテープで色分けをしているのを見かけたのが、最初に目にした例のひとつだったように思う。多分10年前にはすでにあったはずだ。
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次に来る電車の行き先は、向かいの頭上にある赤や緑のサインが光ることで示される。床には赤・緑・青のビニルテープが貼られており、乗客は、頭上の行き先案内と床のテープの色を見て、自分の行き先に合わせた列に並ぶことができる
名鉄の床のテープはかなり手作り感があるが、それでも色によって行き先を区別する工夫はよくできているなと思う。もちろん、名鉄以外の路線でも、ホームの床に線を引いて乗車/降車がスムーズにいくようにしている例は他にもよく見かける。
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たしかに、床面の色と文字を見ることで並ぶ場所がすぐにわかるのは便利だなと感じる。ただ、それが極端になっていくと、床面のほとんどが整列案内で埋め尽くされるようになっていく。2019年に京急・品川駅の色分け案内を最初に目にしたときは、正直、かなりギョッとした。
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列車のドアの停止位置には「降車口」と書かれており、降車客と乗車客が衝突して時間を無駄にしないように工夫されている。乗車客が並ぶ床面は赤・緑・青に色分けされており、行き先に合わせて2列または3列に並んで待つようになっている。色分けだけでなく、〇と◆と飛行機のピクトグラムも使われているのは、多様な色覚を持つ人がいることを意識してのことだろうか
この駅は羽田空港に向かう乗客が多く利用するので、大きなスーツケースを持っている人も多い。また、JRとの乗り換え用の改札口に乗客が滞留しやすいため、やりすぎるくらい明確に案内する必要があるのだろうなと思う。とはいえこのインパクトが大きかったので、これ以来、いろいろな駅で床面の案内に目が行くようになった。正式なサインとして最初に設置したのが品川駅だったのかはわからないが、体感としては、ここ数年の間に描かれたように見える新しそうなサインが多いと思う。
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鉄道事業者や駅によって、色分けしたり矢印やピクトグラムを使ったり、さまざまな工夫が凝らされていることがわかる。札幌市営地下鉄の例では乗り換え案内の矢印も床面に描かれているし、愛知のリニモの場合はホームに柱が多いせいで複雑な形の案内ルートになっている。各社のオリジナリティがあり、いろんな事情があるんだろうなと想像せずにはいられない。
当初、2019年に品川駅のカラフルな床面が目に入ったときは、足下から大声であれこれと指示されている気がして、正直かなり異様な光景に感じた。だがその後も続々と各駅で多様な色と形を工夫した案内を目にする機会が増えて、これはこれでアリなのかな…という気持ちになってきた。駅の利用者それぞれが状況に応じて他者に道を譲ったり、順番に並んで乗車したりできれば理想的だけど、現実はそうもいかないのだろう。中途半端なルールをつくってもうまく機能しないので、このくらい強烈に指示を出すほうがいいということかもしれない。駅構内の景観の落ち着きは犠牲になるかもしれないが、割り込まれたり突き飛ばされたりする不快さと、乗降に時間がかかったせいでの列車の遅れは軽減しているはずだ。駅を利用する際の快適さの基準をどこに置くかという問題を、カラフルな床面からは問いかけられているように感じる。
ところで、複数の色の違いを使って案内することには一定の効果があるが、色覚が異なるとどのように見えているのかも気にかかる。そこで、簡易的なものではあるが、Adobe Photoshopの機能を使って色の見え方を模擬的に表示してみた。下の写真は、「左上=元の写真」「右上=グレースケール」「左下=P型(1型)色覚」「右下=D型(2型)色覚」で表示したもの。
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人間の網膜上にある視細胞と呼ばれる細胞のうち、錐体細胞は、色彩の違いに対する感度を持つ。錐体細胞は3種類あり、それぞれ赤・緑・青周辺の光の波長に反応する。赤の光を受け取る錐体細胞の感度が低かったり機能しなかったりする場合の色覚をP型(1型)色覚、緑の光を受け取る錐体細胞が同様の場合の色覚をD型(2型)色覚と呼んでいる。日本人の場合、男性の約20人に1人(5%)、女性の約500人に1人(0.2%)がP型・D型の色覚を持っているとされる。また、白内障など後天的な理由でも色覚は変化する。
以前は色覚を「正常/異常」の二択で理解することもあったが、程度や種類はさまざまだから、今は「色覚多様性」という言葉を使って「色の感じ取り方は人によって違いがあって多様だ」という理解の仕方をしている。駅のように多くの人々が行き交う場所では、できるだけ多くの人にとって使いやすい環境が求められる。案内板の多言語化や音声案内などに加えて、色の違いを利用した案内では、多様な色覚があることを前提に設計される必要がある。
それを踏まえてさきほどのシミュレーション画像を見てみると、1つ目の新今宮駅の例では、色相差(色みの違い)も明度差(濃さの違い)も工夫されているように思う。とくに降車エリア/乗車エリアの違いがはっきりしているのが良い。2つ目の品川駅の例は、グレースケールで見ると全体的に同じくらいの明度(濃さ)に見えるが、降車エリアは大きめの矢印の形で明確に区別されている。赤と緑の見分けにくさも、明度差とピクトグラムを使って解消しようとしているように見えて、なるほどと思った。3つ目、一般色覚ではもっともカラフルに見えた大阪駅の例は、黄色とオレンジ色の箇所がどちらも黄色に見える上に、明度差もあまりないので、少し見分けにくいように感じた。ただ、降車エリアが高明度で目立つように工夫されているのは、他の2つの駅と同じく、乗降客がぶつからないようにという狙いだと思う。
色の感じ取り方がさまざまなのと同様に、使いやすさの感じ方は人によって違うはずなので、どれが正解でどれが不正解とは言い切れない。ある人にとっての使いやすさが、ある人にとっての使いにくさになる場合もある。だから、唯一無二の最適解を目指すのではなく、場所や状況に応じて各自がベターな選択をできるように、工夫を重ねていくしかないんだろう。
そんなことを思いながら、あらためて、日本流行色協会のブルーとPANTONE社の桃色に目を向けてみる。色に「良い色」と「悪い色」があるわけではないけれど、この2色がそれぞれ今年の色として選ばれたことには、今だからこその意味があるような気もする。
2024年が知的で冷静で、人の温かさを感じる年になりますように!
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