台湾畫友とGoogleストリートビューを彷徨う
第2話「宅家旅畫~Googleスケッチと新しい共感」

11/20/2023
Norikazu Matsubara
松原徳和

前回ご紹介したように、僕は、台湾の仲間と一緒に、Googleストリートビューを使いながら、家に居ながらにして、風景画スケッチを楽しんでいます。今回は、この「Googleストリートビューを見ながら絵を描く」とは一体何なのか、「空間」「時間」「共有」という3つの観点から、整理してみたいと思います。

まず「空間」について、Googleストリートビューは、いわばドラえもんの「どこでもドア」のように、瞬時にして世界のあらゆる場所に連れて行ってくれます。スケッチを描く場合、例えば、以下のような絵のモチーフが考えられます。

・歴史的建造物、神社仏閣、教会、都市のランドマーク
・商店・飲食店、市場や商業施設、一般の住宅
・商店街、街道沿い、看板、街の植栽
・道路や橋などの交通系インフラ、電柱、鉄道駅、港(漁港、軍港、造船所)
・乗り物(自動車、電車、船、バイクなど)
・自然(山、川)  
・街の人や動物

少し応用的な使い方として、Googleカーが橋梁や首都高の上から撮影した街の光景は、普段の生活よりも高い目線から、広角的に街全体を見渡すことができます。Googleストリートビューを用いることで、ダイナミックな鳥瞰図的に街の景色を描くことも可能です。実際の高速道路上では、もちろん車から降りて絵を描くことはできませんし、通常の街並みを「現場で」描こうとする場合でも、車や人々の通行、商売の妨げにならないような「自分の居場所」を確保する工夫が必要です。その点、Googleストリートビューのスケッチは、パソコンやスマホがあれば、ロケハンから作品の完成まで、どこででも行うことができます.

台北市 麦帥一橋からの景色 https://goo.gl/maps/ddmQYZefFNq3Awof7

ふたつめの特徴として、「時間」を過去にさかのぼることが可能です。かつてクアラルンプールの高速道路のGoogleストリートビュー上で、「ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)」の大きな看板を見つけたことがあります。その看板がよく見える場所から、Googleストリートビューの「時間」をずらして見ると、時期(キャンペーン)ごとに広告が張り替えられていることがわかります。いわば、定点観測を楽しむことができます。僕は通常、Googleストリートビューで、描きたい「場所」を見つけると、次に「時間」をさかのぼります。屋根にカメラを搭載したGoogleカーの記録頻度が高い都市ほど、同じ地点で複数の時点の光景を確認することができます。その中から、天候や明るさ、光の差し込みや影の具合、人や車などの配置、季節を彩る花や葉の色づき具合、その他「偶然の面白味」などを確認して、最も描きたいシーンを決定しています。時間をさかのぼることで、すでに取り壊されてしまった過去の建物にもアクセス可能です。

クアラルンプールの高速道路から見えるKFCの看板(左)
https://maps.app.goo.gl/njAbnvxrTw1L6Ccy9 (2017年5月)
https://maps.app.goo.gl/sMp4WFCTRzLNyXkt9 (2021年10月)
Googleストリートビューの「他の日付を見る」をクリックすると、いくつかの時点に移動することが可能。日付を遡りながらこのKFCの広告の変遷をスケッチしてみた(右)

さらに、「共有」が容易なこともGoogleスケッチならではだと思います。僕が参加しているFacebookグループ「Google街景之友」では、3か月に一度、週末3泊4日(金曜日の朝から月曜日の深夜まで)のオンラインスケッチツアー(Google街友線上畫聚)が催されます。これまで、ベネチア、ニューヨーク、札幌、ブエノスアイレスなどのスケッチ旅に参加しました。終わるころには、毎回、全体で数百枚もの絵が集まります。

もしもこれがリアルの団体旅行の場合であれば、大勢で一斉に移動する必要があります。団体行動には、ある種の制約(窮屈さ)も伴いますが、Googleストリートビューを用いた「団体旅行」は、都市の魅力を発掘して、常にシェアしあいながら、リラックスしておしゃべり(チャットや書き込み)をしながらスケッチをして、絵を共有することができます。何よりお金がかかりません。現地での行動も、合流も、途中参加も、途中「帰国」も、すべて自由です。

このように、空間、時間を自由に行き来しながら、場所や作品を共有しています。これまでGoogleストリートビューを彷徨ってきた中で、僕自身は、とりわけ、原点である「台湾の路上観察」が好きです。

以前、台中市内にある〈東海別墅夜市〉について、グループの仲間に紹介したことがあります。台湾の夜市は屋台や飲食店が集積する場所で、多くの台湾人にとって生活の一部となっています。とりわけ、〈東海別墅夜市〉は、東海大學(Tunghai University)に隣接する学生街でもあり、かつてこのエリアで実際に学生時代を送ったという友達もいます。「木瓜牛奶(パパイヤミルク)」「鶏排(フライドチキン)」「紅豆餅(今川焼のようなもの)」などの無数の看板、空を見上げれば四方八方に張り巡らされた電線、スクーターに乗って行きかう人々。僕がその、「台湾っぽい」と感じる光景をグループに紹介した際、ある友達は「外國人看本國街景的角度真的很不一樣」(外国人は自国の街並みを全く異なる視点から見る)とコメントしていました。

台中市 東海別墅夜市 https://maps.app.goo.gl/UvgaZXkBxUKuwv4H8

最近探した、同じく台中市の大肚区にある〈台湾鉄道追分駅の入口〉のストリートシーンも、いわば「台湾っぽさ」のようなものがギュッと凝縮しています。国道沿いに並べられた植木鉢は、すでに周りの雑草と区別がないほど生き生きと生息しています。古い家屋は半分取り壊され、レンガがむき出しになっています。駅の看板は少し年季がたっていて、アルファベットの文字がとれてしまっています。「我們住在台灣都沒發現這些美景!」(台湾に住んでいながらも、こういう美しい景色はなかなか発見できない!)といったコメントもありました。夜市や道端の盆栽などは、台湾の皆さんにとって、身近にありながらもつい見逃しがちな、「いかにも台湾っぽい美しい」場所なのかな、と思いました。(編集部注:冒頭のスケッチは台湾鉄道追分駅の入口)。

一方、僕がスケッチを始めたきっかけをくれたB6速寫男をはじめ、多くの友達が好んで描きたいシーンに、「日本のレトロ」があります。昭和の雰囲気の蔦の絡まる喫茶店、いわゆる「シャッター商店街」、赤地に白く切り抜かれた楕円の中に「たばこ」と書いてあるブリキの看板、レトロな駄菓子屋など、そうしたシーンを探しあてるのが、本当に皆さん上手です。Instagramや別のメディア経由で知った日本のストリートシーンについて、「この日本の場所を一緒に探してくれないか?」「この日本のドラマで出てきた店を探している」などと場所探しを頼まれることもたびたびあります。

日本の光景を紹介する様子(Google街景之友より) Mars Huang/B6速寫男 さんの作品


 

もうひとつ、Googleスケッチを始めたことにより、日々の行動で大きく変わったことがあります。ある梅雨の合間の日曜日、横須賀の「ドブ板通り」を(リアルで)散歩していたとき、カレー屋やハンバーガー屋が立ち並ぶ通りから、山側の路地のほうにふと目をやると、生活感の漂う光景が目に映りました。ブリキ調の赤い看板、車は通れそうもない細い急こう配の上り坂、上のほうには、青々とした林が鬱蒼と生い茂っていました。こういった、まさに「ここ!(絵に描きたい!)」と思えるような、ちょっと雰囲気のある光景に出くわすと、瞬時に「場所」と「像」を、スクリーンショットのように脳裏に焼き付ける癖がつきました。そして毎回、家に帰って、Googleストリートビューで再確認し、その場所と描いた作品をグループにシェアします。このように、リアルの生活のなかでも、無意識のうちにロケハンをしています。「バーチャル(Google)が主、リアル(現地)が従」とすら感じてしまうこともあります。最近では「あの場所は、リアルで訪問したのか、Googleストリートビューの光景だったのか…」と、混乱してしまうことすらあります。

横須賀 どぶ板通りの近く https://goo.gl/maps/Tg8BBZqpL47xmu7W8

「風景画の誕生は近代以降」と言われています。約150年前、印象派の画家たちによって戸外で風景画が頻繁に描かれるようになりました。それ以前は、画家は外出先の風景を、簡単なデッサンでしか持ち帰ることができませんでした。これには、持ち運びのできる「絵の具のチューブ」の発明と、絵の具の大量供給が影響している、とも言われています。「色彩のMobility(可搬性)」が各段に向上したことが、一瞬をリアルでとらえ、光豊かな色彩表現を生むきっかけになりました。その後も、写真の登場が画家の創作活動にインスピレーションを与えたり、旅先の記録としてカメラや映写機が用いられるなど、「風景を切り取ること」は、様々な技術やメディアの発達とともに発展してきました。

――そして2020年代。Googleストリートビューを用いることで、場所と時間を超えた「台湾っぽさ」や「日本っぽさ」を少し違う視点から再発見して共有し、共感することができるようになりました。Googleスケッチは、今までになかった新しいコミュニケーションを生んだ、と思っています。「これも、ちょっとした、風景画の転換点だよなぁ」と思いながら、日々、台湾畫友とともに、Googleストリートビューの中を彷徨っています。(続く)

*畫友=画友

(写真・図はすべて筆者より提供。冒頭のスケッチは 台中市 追分駅近くhttps://maps.app.goo.gl/DYHbk7WdChzvy8s7A 。筆者のスケッチの作品集はfacebook.com/rikan.6e6636instagram.com/rikan.6e6636で見ることができる。)