台湾畫友とGoogleストリートビューを彷徨う
第3話「先畫再去!〜『畫』を持って旅に出よう」
2022年秋、Googleスケッチを始めて2年強が経過したころには、新型コロナによる移動制限もだいぶ落ち着きを取り戻してきました。台湾国内では少しずつ、スケッチャー同士のリアルの交流が始まりました。日本に旅行に訪れる台湾の友達も増えてきました。これまでは、オンライン上での交流でしたが、僕は2022年12月から2023年1月にかけての年末年始を利用して、台湾のスケッチの先生や友達に会うために、台湾旅行をすることにしました。
コロナ禍で、誰もが全世界の行く末を不安に思っていた時のことを皆さん覚えているでしょうか。これから先、音楽ライブには参加できないのではないか、日本から一生出られなくなるのではないか。先行き不透明で、心細い毎日を癒してくれたのは、台湾の友達とのスケッチを通じた交流でした。いつか、会えることを信じて、その日のために、かたことの中国語会話も勉強してきました。ついにやってきた台湾、旅行中は、それぞれの都市で、初対面の友達に会うたびに、涙腺がついゆるみそうになるのを耐えていました。それぞれの街で心温まる熱烈な歓迎を受けたこの旅は、自分の人生の中でも、そう何度とはないであろう、心震える16日間でした。
台中の方々は、私たちのグループ「Google街景之友」の中でもリーダー的な存在で、活動的なメンバーが揃っています。Hankさん、林乃竹さんらに、車を出していただき、台中から彰化県の鹿港(ルーガン)という古い街までスケッチツアーに連れて行ってもらいました。鹿港の街に到着すると、台中で水彩画の先生として活躍されている楊上奇さんの先導のもとスケッチツアーが始まりました。街の数カ所のポイントを巡り、描いては移動、描いては移動を繰り返し、ひっきりなしに笑いながら会話をしていて、この旅に一緒に連れてきた中学2年生の娘も僕も、台湾の古都・鹿港の光景と、なにより個性的な台中の皆さんの迫力に圧倒され「まるでテーマパークのアトラクションに参加しているようだ」と、笑いながらついていきました。また、高雄の小風さんは、高雄市内や近隣の屏東市のスケッチ仲間を集めて「大晦日スケッチパーティー」を開いてくれました。数週間も前から景色のいい港の見えるカフェを予約して、2023年の「兔年(=卯年)」をテーマにしたスケッチをそれぞれ描いて、くじを引き、交換をする、というような、心温まる手作りのイベントを催してくれました。
「本気の遊び心」に触れたことも思い出のひとつです。僕は「璃寛(りかん)」というペンネームでスケッチをしていて、台湾の皆さんから「璃寛桑(りかんさん、「桑」は日本語の「さん」のこと)」の愛称で呼ばれています。ちなみに僕の娘がデザインした「りかんさん」のキャラクターは、オレンジの帽子、丸眼鏡、青いボーダーのシャツを着ており、僕は軍手で作った「りかんさん」のパペットをいつも持ち歩いて、その土地を訪問した証として、パペットと一緒に写真を撮っています。そして旅の終盤、「璃寛桑がリアルで台湾にやってくる!」ということで、先に会った台中や高雄など台湾各地の街景之友のコアメンバーが台北で一同に会するスケッチイベントを開催してくれました。そこでは、秘密裡に、ドレスコードとして、りかんさんのキャラクターに合わせて「全員、ボーダーで来るように」という計画が進められていたのです。行ってみたら30人ものスケッチの猛者が、みんなボーダー柄のシャツを着て絵を描く、という光景が可笑しくも感動的で、僕は胸いっぱいになりました。
そしてなにより嬉しかったのは、僕にとっての「あこがれの存在」にリアルでお会いできたことです。台北では、B6速寫男ことMarsHuangさんらが、基隆市の超カラフルな映えスポット「基隆正濱漁港」に連れて行ってくださいました。この港は、ちょうど1年前にも、Googleストリートビューを使って街景之友のメンバーと一緒に描いた、思い出深い特別な場所です。「基隆正濱漁港」を真正面に臨むカフェの2階で、ランチをとりながら窓から見るリアルの光景は、まさに額縁で切り取られたようにも見えます。Facebookの中にいる僕にとっての「アイドル」的な存在、Vickyさん、BenLiさん、Nicoさん、B6速寫男さんと一緒に、Googleストリートビュー越しにスケッチをしてきた約2年半を思い浮かべながら、それは僕にとっての至福の時間、40代最後の年に感じた、夢の中にいるような、背中に羽根が生えたような、いろいろな思いが交錯した16日間でした。
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さて、台湾の方々との初対面と併せて、僕が楽しみにしていたこと、それはGoogleストリートビューを見ながら描いたスケッチブックを持って、その実際の場所を訪れてみる、という試みです。そして既にスケッチを描いた街々を初めて訪問した時、あることに気づきました。それは、初めて訪問した場所であるにもかかわらず、通過しただけで、描いた場所が、瞬時にわかるということです。
Googleストリートビューを見ながら絵を描く場合、万年筆による線画から、すべての着色を終えるまで、平均すると1~2時間程度、パソコン越しにその風景を細かく凝視し観察して、一旦自分の中で咀嚼し、自分のテイストでアウトプットすることになります。
例えば、テレビの旅番組やドラマを見ているとき、自分の地元や、通勤通学の街など、日常見慣れた生活の一部がほんの一瞬テレビに映っただけで、「あ、三軒茶屋だ」「あ、これ栃木市だ」と、気づくことがあると思います。テレビの場合は、まず「リアルの現場体験」があって、それを「メディア越しに体験」します。
Googleスケッチをきっかけとした旅の場合は、ちょうど順番が逆で、「メディア越しの体験」(スケッチ)のあと、「リアルに体験」(訪問)します。既にGoogleストリートビュー上を散歩していたので、頭の中に、大まかな街のイメージ、それも空から見た地図というより、Googleカーが搭載しているカメラ越しの散歩の風景が、脳内にインプットされています。この「やや深めの既視感」に、僕は強い興味を持ちました。Googleストリートビューをもとに自分が描いた場所は、自分だけのとても大切な場所です。スケッチブックを持って出かける旅は、セルフメイドの「聖地巡礼」なのです。
僕は「まず描いてから旅に出る」という、新しい旅の提案として、この旅を「先畫再去」と呼ぶことにしました。そしてこれを台湾のスケッチ仲間たちに紹介すべく、2023年の夏に、故郷に近い栃木県と群馬県にまたがる「日光例幣使街道」と呼ばれる旧街道をテーマに「先畫再去」を実践しました。まず、この旧街道沿いにかつて存在した18カ所の宿場町(鹿沼宿から倉賀野宿まで倉賀野宿まで)を、Googleストリートビューを見ながら、スケッチしました。そして、描き終えた18枚のスケッチをスキャンして、フォトブックを注文しました。これは、撮影した写真をはがき大の冊子に製本してくれるサービスです。このフォトブックを持ち、自家用車に折り畳み自転車を積んで、夏休みに3日間かけて、すべての場所を訪問しました。それぞれの地点では、もちろん「りかんさん」のパペットと一緒に写真撮影するとともに、当地を訪問した証、例えば、近所の鉄道駅や道の駅のスタンプを押したり、地域の郵便局オリジナルの「風景印」と呼ばれる消印を押してもらったり、街道沿いで古くから伝わる当地ゆかりの和菓子を買ってそれを宿でスケッチするなどしながら、フォトブック上に記憶と記録を描き足しました。
そしてその旅は、僕ひとりの旅ではありません。Googleをもとに描いた旧街道のスケッチは、完成する都度「Google街景之友」で共有してきました。そして海の向こうの大勢の友達も一緒にその場所のスケッチをしていました。この「#先畫再去!」の試みは、彼らの思いも一緒に背負って、あたかもみんなで訪問しているような旅でもありました。
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これから僕は、やってみたいことがあります。それは「#先畫再去!」の台湾環島を達成することです。環島とは、徒歩、自転車、バイク、車、鉄道などで、台湾を一周する旅のことで、多くの台湾人にとって、一生に一度はやってみたい旅と言われています。台湾は自転車大国と言われていて、環島のための自転車道もきれいに整備されているそうです。台湾の小さな街々をGoogleでまず楽しんで、街なかのスケッチを描く。そして描いた「畫(絵)」を持って、自転車でゆっくり時間をかけて、街々の微風を感じながら旅ができたら、と思っています。
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以上が、「台湾畫友とGoogleストリートビューを彷徨った話」です。奇しくもコロナ禍で、僕は海外に一歩も出ずに、人生で一番インターナショナルな経験をしました。唯一無二の経験、新しいコミュニケーション、そのエピソードを紹介できたことを大変喜ばしく思います。
そして僕の旅はこれからも、まだまだ続きそうです。(完)
*先畫=先画
(写真・スケッチはすべて筆者より提供。冒頭は基隆正濱漁港にて、描いたスケッチとともに記念撮影。ピースサインをしているのが筆者)